ナンパにより物事の真理を探究する

ナンパについて思うところを語っています。基本的には自分の行動の振り返り用として書いていますが、参考になる点があれば幸いです。

ナンパの才能

久しぶりの更新。

前回以来、何度か更新を試みたのだけれど、書いてる途中でコンピューターの電源が切れて全部消えてしまったことがあって、モチベーションが低下し、放置してしまっていた。

だけど、最近、全く成長できていないこともあり、ブログを書かなければならない衝動に駆られた。

ブログを書くと、頭が整理されるので良いと思う。

これからは気を取り直して、少しずつでも書いていこうと思う。

 

さて、本題であるが、私はナンパの才能がない。

最近、つくづく感じるところである。

自問自答の末、辿り着いたその理由の1つは、おそらく対人恐怖症だからなのではないかと思う。

私は基本的には、人と接するのが好きではない。

この点は、ナンパによってある程度は改善されたとはいえ、初対面の人と話すことは苦手である。

現在、一番問題なのが、対人恐怖症の中でも、人の肌に触れることを恐れる点である。

よくよく考えてみると、私はこれまで人に触れることがほとんどなかった。

もっと考えてみると、私の母親は人に触れることを極端に避ける傾向があり、これを私も受け継いでいるのではないかということだ。

私は、幼いころから、母親とスキンシップを取ることがほとんどなかった。

スキンシップが少ないと、逆にそうしたいと感じるようになる場合も考えられるが、私の場合はそうではなかった。

このように、人に触れることを恐れるがゆえに、ギラつけない。

それどころか、手をつなぐことも、かなり頑張らないと難しい。

またセクロスに辿り着いても、初めての相手だと、チソグダしてしまう可能性がかなり高い。

このあたりは関連性があるような気がする。

 

また、ナンパの才能がないと感じる他の理由として、余計なことを考えてしまう傾向にあるということも挙げられる。

私は、自分で言うのもなんだが単純な勉強だけはできる方である。

だからか、あらゆるリスクを考えてしまう。

そうすると、動けなくなってしまう。

おめでたいことに、ナンパが成功したその先まで心配してしまう。

まだ成功に至ってもいないのに、相手が自分のことを好きになりすぎてしまったらどうしようか、その子が結局のところ自分のタイプではなかったときにどうやって別れようか、相手を傷つけたくないな・・・等である。

学生の頃とかは、勉強さえできれば取り立てて苦労はしなかった。

しかし、社会で良く生きるためには、リスクを引き受けて行動しなくてはならない。

いや、リスクなんか引き受けるまでもなく、考えないで突き進む者が一番強い。

確か、ツイッターで「とっぽい社長」(現在はアカウント削除)というハンドルネームの方が、そのような事をつぶやいていた。

私は、勉強ができたとしても、社会の中では無能である。

ただ、そんな無能なバカがナンパに挑んでいるだけ、まだマシなのかもしれないが。

 

以上の2点が原因として考えられるが、畢竟、臆病者ということに尽きるのかもしれない。

これはどうやって乗り越えればよいのであろうか。

ただ、ナンパをやってきて、少しずつであるが、成長していると感じる。

前よりは、人に接することを恐れなくなった。これは確実だ。

だから、このままやり続けるしかないのであろうと思う。

周りの人は、ナンパを開始してすぐに成功しているように感じる。

本当に、みんな凄いと思う。

でも、皆のマネはできないから、私は私のペースでやるしかない。

ナンパの才能がないことを自覚して、それでもやり続けなければならないのだろう。

自分の成長のために。

誰に何と言われようとね。

 

なんか取り留めのない話になってしまったが、何も書かないよりはマシということで許しを請いたい。